今日は、息子が通っている音楽教室に同伴してきました。
これまで妻に任せきりでしたが、いつか行こうとは思っていて、今回、妻と一緒に夫婦で参加してきました。
実際に参加してみると、いろいろと感じることがありました。
思っていたよりもグダグダだった
息子が通っているのは、いわゆるリトミックというものなのかなと思います。
実際に参加してみると、率直な感想は「思っていたよりグダグダだな」というものでした。
思い通りに動くわけもなく、あちこち歩き回る子もいれば、途中で親に抱っこされる子もいます。
もちろん、相手は2歳児なので仕方がないことですが。
息子も、結構な時間、妻に抱っこされていました。
妻からは「結構楽しんでいるよ」と聞いていましたし、息子自身も「早く行きたい」と言ったりしていたので、少し意外でした。
ただ、それと同時に「まあ、こんなもんか」とも。
それでも先生はさすがプロでした。
子どもたちの様子を見ながら声をかけ、自然と次の活動へ誘導していきます。
いつも笑顔で子どもたちに接しながら、あの場をまとめていくのは簡単なことではないなと感じました。
少なくとも、わたしにはまず無理です。
意味があるのかなと思いつつ
正直なところ、その場では「これは本当に意味があるのだろうか」と思う瞬間もありました。
決められたとおりにできているわけでもありませんし、他の子どもたちとも特別交流があるわけでもありません。
それでも、これまでのところ、家では息子が教室で覚えた歌を口ずさんでいることがあります。
教室での経験が、少しずつ身についているのかもしれません。
もちろん、本当に効果があるのかは検証できません。
ですが、息子自身は嫌がる様子もなく、毎回楽しそうに通っています。
今日も帰りの車で「楽しかった?」と聞くと、「うん、楽しかった~」という返事がありましたし。
それなら、それで十分なのかなとも思いました。
親のためになっていないか
最近思うのは、「子どものため」が、いつの間にか「親のため」にならないよう気を付けたいということです。
最近Audibleで聴いた小説にも、そんな場面があり、なんとなく印象に残りました。
親としていろいろ経験させたい気持ちはあります。
ただ、それが親の満足になっていないか、ときどき立ち止まって考えることも大切なのかなと。
これからも、親の期待を押し付けるのではなく、息子自身が楽しめるかどうかを大切にしていきたいと思います。
■編集後記
今日は、息子と泡風呂に入りました。
泡風呂といえば、たしか小学生の頃に少し流行っていて、「一度入ってみたい」と憧れていた記憶があります。
当時、実際に入った回数は、たぶん片手で数えられるくらいしかなかったような気もしますが。
大人になってから入ってみても、意外とテンションが上がるものですね。
息子も楽しそうにしていて、親子でいい時間を過ごせました
■一日一新
息子の音楽教室に同伴

